やばみちゃんのやばみ

決して腐りませんよ

ハルカトミユキは良い音楽をずっと作っていてすごい

‪ハルカトミユキの初期は、死者が歌ってるみたいで、でもよく見るとまだ生きてて‬

‪すごく恐ろしくて、すごく優しいし弱いそして‬すごく優しい、と聴いててあらためて感じた

この人は本当に何も信じてないように見える、どれだけ、虚勢を張っていてもすごく細い細い希望の糸が切れてしまったらすぐこの世からこぼれ落ちて死んでしまう人だ、

ハルカしかしらない、福島遥さんの意図はわたしにはわからないしかしハルカの中に死にそうになりながら入っているに違いない?

福島さんのたましいにさわった、のではないか。わからないけど、と思って聴いていた、

わたしはあなたの短歌も大好きです

灰色にはみ出しているから

そんな気持ちで、糸のもう片方の先に体重を預けながら、私達のいつ切れるのかな、と思って、結局全体重をかけてすがらせてもらっていた、守ってあげる、と歌ってくれているひとをいつか殺してしまう、と思っていた

ハルカが肯定的なことを歌うようになってから暫くして、実家の人を殴ったり叫んだりものを破壊したりしなくても、生きていけるようになった

何かに操られてるとしか思えない

音楽の肯定的な意思に行動を操られてるとしか

生きててよかった

これは、やばみちゃんという虚無的なコリラックマの中の人のインナーボイスだ、これしか言えない、ねえ信じてみてよハルカトミユキ

リプライ魔やばみちゃん、引っ越したいけど金がないから夏、初夏?の引きこもり、(リラックマコリラックマ50体連れ)

ライブにはやつれた系の友達誘ってみんなで行きます

CDもいっぱい買います

ペリドッツコラボとか夢でもみてんのかと思った、この世思ってたよりちょろいなー

ご安全に、無理しすぎないでね、痛いファンより

日記にかいてた、なぜか、まえのがでてきた

yabamichanの日記

yabamichanの日記

2017-04-17

しらん

編集

履修登録してたらお腹痛くなった

大学に通うと思ったら狂いそうになった

頭重い、体動かない、鬱になっている時点で、将来とか、他の人と同じように考えてたら、途中で死ぬと思う

非正規で、安い賃金で暮らすよ

別に何も欲しくない、別に人並みなんて信じてない、人がふつうにやってて手に入らないものが手に入らないから嘆くのとかやってる場合ではない、生きてればよいのだ、とりあえず

自分を、人から文句言われないような安全地帯に置いておくということを守ろうとすればするほどいろんなものを失うし、いきてんのが怖くなる

もともとなんももってなかったから捨てるものなんかないのに

下北沢の路上で歌と演奏とポエトリーリーディングを友達とやることにした、きょういまから、あとは饒舌体のことと、社会学の言葉と文学の言葉の関係について考えてみた

カフカ中原昌也西村賢太川上未映子町田康

津村記久子、松村太郎、木下古栗、古くは清水義範とかいたかなあ、筒井康隆って実験小説やってたけどぜんていがふるいからつまんねえし単純に差別的だからもう読まねえし書くな、穂村弘とかはやばい。

絲山秋子笙野頼子舞城王太郎ラノベやってた頃の桜庭一樹宮崎誉子海猫沢めろん、少年アヤ、金原ひとみ多和田葉子

かなり最近の桐野夏生はちょっとやってたとおもう、それと短歌の人々、詩人などのあいだで冗談を多発する饒舌体の文体は流行ったし、作家同士でもよく対談してたり、接続があったように思う

美しい文や修飾は醜いものだからどんどん

破壊せよ、というような、美文にフェティッシュを求めない姿勢が好きだった、そのわりに、人間の感受性、愛、みたいなものを、おそるおそる信じようとしているところに、冷たい頭の良さだけでない、人間の生理のようなものを感じて、

ぼく、ぱんくろっくが、すきだ

というような気持ちで、わたしはそれらの小説にとても深く愛着を寄せてきた。もう信仰終わったのもあるんだけどね。

私がすごく小説にはまっていて、神聖だと思って読んでいた、小6から20歳くらいまで

詩や短歌の世界でも、また、漫画の世界でも

演劇や宗教や詩や音楽からのジャンル越境が起きていて、でもわたしが入っていた文芸部や小説研究会、読書人のなんちゃらなどでも驚くほど読んでいるひとがいなくてニッチ、文壇の分断によりパージされて雑誌に乗れなくなったひともいるはず、

山田詠美みたいな古式ゆかしい文学部学級委員的自称反体制みたいな人は彼らの書いたものを、なんか、褒めはするけど読めてなくてすごいどうでもよい揚げ足とかとってた、クラスの端っこでいじめられながら不登校になりながら、かきたくない、かきたくない、とうだうだつるんでいる、なんだかんだかきたくない!とかいてしまう変な人たちという感じで面白かった、とても

さっきそういう一連の流れの文体を真似して、反省文というエッセイだかブログをはいえきさんというへんないきものを、悪いかなぁとは思いつつ結局また搾取しつつ書いてみて、思ったのは、頑張って真似てもやはり、わたしはこなれていないから全然面白くないなぁということだった、少しは面白い、でも、盛り上がりに欠ける。頭でやってるのがばれている。

ふざける、はずれるということをやるならちゃんとしろよ、ということがあると思う

なんで面白くないか自分なりに考えたのだが、たぶんふざけ切れていない慣用句、たとえば、ナイアガラの滝を、なんのひねりもなく入れているのと、口に出した時に引っかかる、いや引っかかるのはよいことなんだけど、流れるべきところで引っかかっているからすごく読んでいて恥ずかしくなる

きちんと暴れ方を踏まえているひとのものは、どんなに奇矯なことが書いてあっても、神聖な、ここには本当の言葉が書いてある、的や聖なる雰囲気を醸し出す。

大学の文学部を受けるから、創作があるコースに行くことも少しは考えたのだったけれど、その中の言語に沿って何か歪められるよりは、私は独学の方が良いということを思って、先生と合わなかったら、たぶん単位のためにクソみたいな文出して大学卒業しちゃうんだろう、それは自分の中の金に取り込まれてない領域を掘り崩すことになりはしまいか、と思った、歴史の学部にいるから、歴史哲学とかポスコロとか、文学そのものに包摂される、ときもあるけど一応ジャンルとしてはそうではないものをやって、いろいろ持ち帰って文学修行したほうがテリトリー縮小しなくてよいかなと思っていた。

ま、真面目に考えて入るのばからしいよ、大学はクソだよ

それと、やはり書くより読むほうがすごい楽しい、あとラク。だから書きあぐねてるんだよね、職失ったら小説頑張って書こうかなぁ、月80,000くらいもらえてそれで食えたら人生から課題消えるようなもんでは、いや、そんなわけない、生活上、経済上の困難は少なくとも消えるのではないか?

だがしかしめんどくせえわ

語り口をオーソドックスなものに変えて、ポピュラーの皮をかぶって、風俗の問題点、ピンクウォッシュとは、それと社会運動論やらなんやら、ちょっとカネもらって、もしくはおごってもらって、投げ銭式で人前でしゃべることになった

わたしは、論理の人間ではないから、不得手としている論理をマホウトタマシイトリラックマを裏側でミックスさせて燃料にしながら、アウトプットはぱっとみろんりてき、というようななんかを作るためにいまどう喋ろうか考えている。アカデミアとの接続とかなんらかのバックボーンとかないわたしのことをわざわざ見つけ出して話をさせてくれる、招いてくれるひとがいることはありがたい、役に立てるならよろこんで立つけど、嫌なものに包摂されて加担させられる気配がしたら、うまく違和感を言語化できないとしても、虫の知らせを信じておんでてやろうとおもう。わたしの内部ではぬいぐるみと文学が稼動しているだけなんで本当は真面目でも論理的でもない。真面目に話すけど、嘘をついている気持ちになるだろうな。

今日は下北の路上で楽器の演奏と詩の音読、少し歌を歌う、友達が昔書いたポエムっぽい厭世的な詩を百五十円で提供してくれたり、これ読んだら三百円あげる、と詩集を紹介してくれたりした。タンバリンは百均で用意する。割り箸と紙コップみたいな材料でも感情があればたぶん創作は可能だ。がんばる。

反省文

私の中には精神の地獄からやってきた言葉しか入ってない‼︎もう嫌だ!全部親が悪い!へんな宗教家自分で作ってしんじてるうちの機能不全家庭がこんな死に損ないのリビンぐでっどをつくってしまったんつくってしまったんだ!こんな人間は嫌だ!こんなにんげんは嫌だコンテストで優勝だ!ぶっちぎりでギネス記録だ!生まれたくなかった!死にたい!自分がうるさすぎて迷惑だし殺したい、生きててすいません、生きてていいんでやんすか?ほんとにいいんでやんすか?反省してます、ほんとに反省してます、反戦もしてますしわたしも安倍政権だし天皇です、いきててすいませーんはんせいしてまーすはんせいしてますはんせいはんせいは ん せ イ?ってなんだっけ、なんだっけってなんだっけ、ガーピーガー、シュー、ボボボボゾ‼︎‼︎ズギャーンぼゆん

バッカーン‼︎ドガッ!ぼわんっ!ガダボン

シュパーシュパー、ハートービーム

ゴワァァウぁあア!

ぽ、ぽ、ぽ、ぽーん、えっと、なんだっけ、ええと、くるっぽー、くるんぽ?くるっぽ。

く、くる…生きてるのが苦しい、みんながわたしをいじ」るの、いじめるしいじるの

(※泣いていいですか)

(ここからは慟哭がはじまります)

そして10年がたった

というわけで、わたしが言いたいのは、

わたしは生まれたくなかったのに生まれてやったんだよ、この世の奴らは感謝しろよ‼︎‼︎ということだ、それでしかない‼︎土下座しやがれ!

わたしが神だ!アルファでありオメガだ!

跪けお前ら!おまえら?とかいってすいませんどくしゃのみなさん、本当は死にたいと思っています、謙虚なアリのようなにんげんです。ちっぽけなにんげんであるじずんをそのままかけがえがないと思えて初めてにんげんの人生ってはじまるとか五木寛之か加藤たいぞうかかとうともひろがむかしわたしにはなしかけてきた、てれぱすで、あのときはありがとうみんな、ところで

ズガガガガガゴバァーン!ジョルジョ!ジョッバァーノ‼︎オスカル!フランソワ度、JAL女?じゃるじぇ?わかんね、わすれた

そういえば、今思い出したんですけど、本当に生きててすみませんでした、こころよりオワピ申し上げ、おわぴ?なにそれおいしいの、そのおこだわり、俺にもくれよ!ムダムダムダムダムダムダムダムダムダ!

◎▷✳︎!¿ポ#☆4「^4※☆*:.。. o(≧o .。.:*☆ば

わたしの中のやさしみ(おさしみじゃない)

心のあたたかさ、ヒューマニズムハートフルネス(くさそう)は死んだ、というかお母さんかなんかの子宮の中にすっかりすっとぼけて置いて出てきてしまった、というかうちのお母さんすぐキレて人のこと殴るから全然そんなものもとからうちの家系にはない、みんな反人間的で殺人に向いてそう、ほんとに日本って感じだ、生きてて嬉しい、最高、死にたい、首でもくくろうかな、まあそんなことはどうでもいいんでやんすが、

書いても書いても書いても書いても書いても書いても喋っても喋っても喋っても喋っても

泣いても笑っても頭壁打ちしてガンガンゴンゴンハードな自傷をして深い壁穴という生命体が確かに生きていることの生々しい痕跡をしっかりとかべに刻み込んで!ここ借りてるアパートなのにしゃれになんねえと思ってぶるチヂミしている、毎日生きているだけでやばい心境になる、ダレカタスケテ…まあ

ブログ書いて日記書いて本読んでツイッターやってまたブログ書いてひまだから

寝てる時以外はツイキャスやったり怒鳴ったり歌ったりあとは書いたり書いたり書いて書いて書いて、そろそろ水道管につまったヘドロは出し切ったから、きれいな透き通った水みたいな心が洗われるようなハートフルマインドネスな言葉が出てくるかと思いきや予想に反して、いや案の定ずっとずっとゴミや死体やナイフやレイプしか出てこなくて、感謝の気持ちについて書いているはずなのに、気づいたら精神のど真ん中にあるすごいでかい地獄に操られてどんどんめちゃくちゃなことを書いている

いくらよく冷血動物とか正しさの殺戮者であって人間の心はお前にはないとか人から言われて死に損ないだの絶望者だのキチガイだの

とんでもねえあだ名?ディスを人からされ続けて苦節20なんさいか、なんさいだっけさんさい?

さらなる屈折を続けるミギーやばみとはいえ(寄生獣は最高だよね)さすがに、あんたの書いたものはけんがありすぎる、とリスペクトしてるフェミやらフェミっぽい人やらヌイグルマーにリプやラインやDMで、親心みたいな感じで、というか孫を思いやるじじいばばあ、近所の関係ないお年寄りみたいな感じでマイルドに指摘されて、みんながあまりにも大人で、なんか白目むいてベロベロバー、こわいだろーこわいだろーもっとビビれーギャハハハハハみたいな文体でしかこの世への愛を表明できない踊る赤ちゃんダメ人間でしかないバブミに溢れたこのやばみはねえ、ほんと自分が情けないのでひとしきり怒られて反発した後なにも言い返す言葉が思い浮かばず(私が悪い)仕方がないからね、部屋で一人わんわん泣いたよ、、もうおてあげ、しろはた、おてはた、しろあげ、なんで皮肉とか韜晦とか錯乱とか罵倒とかもうやめよう!お前はもう赤ん坊じゃないんだから少しは大人のフリをしろ!って日頃から自分に言い聞かせてるのに全然やめられないんだろう!やばみちゃんのばか!ブス!ではないや、しょうじきわたし顔は可愛いんだよ、口が悪すぎて寄ってきた男や女しばきたおしてしまうからキレられてもてないかドMのストーカーとか紐とか縄でしばられたい人とかしか寄ってこないんだけどね、まぁそれはいいや

「きみは傲慢で、けんがあってうぬぼれが強いんだね、うぬぼれだけじゃなくて本当に書けるし、知的でも頭が良くもないし単に

情緒が不安定、すぐ間違ってゴロゴロ床に転がってのたうちまわって死にたがるけど、自分の体を張って考えることについては頑張り屋さんな性分なんだ、それは認めよう、ただし言っておくけどきみの自意識は肥大しているし、現実のきみの能力の1.5倍くらいのうぬぼれを起爆剤にして色々やってるんだろう、まあかまわないよ、生きるエネルギーがもともとないんなら贅沢は言えないし、名誉欲でも金目当てでも精神病でもなんだって燃料に利用すれば良いさ、力が不足している自覚がないんだろう、そういうところはおっちょこちょいだよね、せいぜい死なないように気をつけなよ、ぼく、わたし、おれ、おいら、あたい、きみが死んだら捨てられちゃうから頼んだよ、たまには仕事しろよカス」

何も語らないがうちのコリラックマのぬいぐるみがそうやって私を見ていつも語りかけてくる、気がしている。コリラックマちゃんたちを現在では50体くらい家にお迎えして一緒に毎日ゴロゴロうだうだしているのだけれど、服と本とぬいぐるみに人生や金や手間を侵食されすぎている、さすがに部屋が狭いし

放火とかされたらひとたまりもなく良く燃えそう、右翼とかリベラルとかいうのとかしばきたいとかにそろそろ放火されて殺される気がしている、クソエモンとかいうのにも燃やされる気がする、燃やさないでね

我が家は布と紙が全成分の98パーセントで、後のおまけ程度の2パーセントがある時であるこのわたし、人間であるゃばみちゃん

すげえ汚くて楽しい地獄、新宿に歩いて行ける立地ながらぼろすぎるため家賃40,000敷金礼金ゼロ円、いわゆる生活保護者も歓迎物件である、ありがてぇまじ

しかし向かいの住人がすぐデリヘル呼んで昼から酒飲んで叫んでんのとかきこえるし、六じょうなのに男女三人で住んでる謎のタコ部屋あるし、昨日なんてとなりの部屋のベランダから永遠に水が一回の共有スペースに向かってナイアガラの滝みたいにダダダァ〜っとダダ漏らしになっていた、どんな暮らしをしているのか興味はあるが、怖すぎて知ると殺されるかもしれないから黙っている

明け方に、突然デュエルスタンバイ!とかいうのやめて欲しかった

わかれたかれしをへやによんでいろいろやってたら笑いすぎた彼氏が勃起しなくなったことがあった、懐かしい、四年も付き合っていたのに、さようならの原因があまりにもしょっぱくて仕方がないからね、本当に死にたい

わたしの彼氏はツイッターでハイエキさんに絡んだから、ハイエキさんにアンチフェミとして晒されてたんだよ、それを彼氏はわたしに愚痴ったんだよ、それで、おまえが悪い、となって契約は解消された、わたしは別れを切り出した、なんでハイエキに晒されたら振られないといけないの、俺とハイエキのどっちが大事なの、とお前はハイエキの方が俺より好きなのか!とかの世迷い寝言でギチギチ食い下がられたから、その質問はいろいろおかしい、ハイエキ関係なしにおまえはフェミニストの敵として散々活動しすぎた、さようなら〜と言った。

まとめると、あなたが気づいてないだけで、世界は100人の村だったということだ。

黙祷

魚喃キリコの漫画は物凄く好きだけど、それ以上に緻密で丁寧だった、とうきょうの地名と保坂

ブログ書いてたらストレスで腹が降ったり喉が痛くなって声が出なくなったりしている

魚喃キリコの漫画、昔から好きだったのだが

評価はそんなにしてなかった、感傷に作用する青い漫画なんだと思って読み流しているところがあった。この方向性に純度を高くして行って表現として洗練させても新しいものは生まれないし今の時代に既に存在する感情の型に沿って作られたものって楽しいか?作るにせよ読むにせよ

ストロベリーショートケイクスは緻密だったけど他はチープでありがち、そこがすきで、しかし、すごくはないと思っていた。そんなことないぞ!すごいぞ!凄さの理由は話すと長くなるからまた書くよ

ブルーは、よくできていた、異様に絵が上手くて、思想はない、普通になりたくなって女の子は去っていった。それが昔は不満だったんだけど、なんか自分こそなんも考えてなかったんではないだろうか。読み返してたら、すごく良かった、普通になりたい、を口実にして、普通じゃないものを満たしている、別れて完全になる関係を求めて離れていく、というような倒錯を感じる。ベタな意図で書いてる可能性もあるか?あの人は天然なのか策士なのか、たぶんどっちもだろうけど高校の時どハマりしてたころは策士じゃないと思ってた。いや、うまいよ。

しっかし、しかし、魚喃キリコ漫画のセックスワーカーはカネもらっとんなぁ、ふてぶてしいから売れんのもあるだろうが、三十万一ぱつでもらっておいてさんざん客の悪口言うのは素晴らしいよ、しかし1接客1800円でやってる人なんかごまんといるの知ってるから胃が痛くなった、私も千円でハンドヘルスやってたことあるし。

部屋が狭いからダンボール6箱分寄付したのに、経堂の古本屋の百円棚で20冊くらい買ってしまった

(いま、経堂の、って書きそうになって、東京の地名だとなんで区とか市とかでもなく駅名とか地区名でもそのまま書いてしまおうとするんだろうと気になった。私は地方出身で転勤族で10歳までに7回引っ越してるのだけれど

一関や半田は岩手とか愛知とか、とくに一関なんてどうせ通じないだろうと思って東北、などと自分で言う時あるけど東京の地名はやたら細かくても通じる気がしてしまう、つい、住んでるからとか関係なく、渋谷や新宿については地方住みでも知っとけという嫌な圧がある。それとは別に、東京の地名には、よそよそしさ、どこまでいっても誰のものでもない、みたいな空気がある気がしている、だから、どこでもない場所、みたいな感じで、内輪っぽくなく個人ぽくなく、公共の記号っぽく、経堂、赤羽、渋谷、とかあとは上北沢、とか口にすると、つめたいような、コンクリみたいな静かな気持ちになる

都内に元々住んでた人はこんなこと感じないのだろうか?)

保坂和志ばかり読んでいるとバカになる

この世の普通の言葉の使い方に戻れなくなるぞ

わたしはブログにコメントがほしいです

いじめについて、社会批判と音楽と精神疾患について、

性産業と哲学、文学について、アンチヘイト運動への批判について、などブログをやっています

ネット配信を利用して、詩の朗読をやったりイラスト書いて非暴力不服従、犯すな殺すな的なビラを作って駅とか学校とか風俗とかのトイレに撒いたりとかして泥縄式孤立社会運動、社会破壊運動にいそしんでいます

こころが夜、または夜の方へとひとりでにどっかにあるいていってしまうときのためのいじめのブログ

⇨夜中の散歩http://musubore.hatenablog.com/

やばい人間であるやばみちゃんのやばみについてのセルフダークツーリズムルポブログ

やばみちゃんのやばみ

http://yabamichan.hatenadiary.com/

コメントがもらえると実はとてもうれしい

一人でやっていると一人の視点しかないから不安だ

こんにちは、とかこんばんは、とかでもかまわないので、なぜか人が増えたからびびってることもあって

なにか批判でもわかる!でも、わからん、でもくれたらなあ

気が向いたらよろしくおねがいします

ところで中井久夫の徴候記憶外傷といじめの政治学魔女狩りについて、踏みこえについて、あのあたりのハードな文章は人類は割と最低だけど人類はわりと最高なんだぜと思わせる、人の新しい可能性を一人で開拓しに行くようなめちゃくちゃさがあって素晴らしい

わたしの読書方法

30冊くらい同時に読み始めて面白いやつは読み続けるしそこそこのやつは拾い読みして、

なんかすごいのはわかるが全然読めないやつは、なんかすげえぜ、修行がたんねかった、と言ってほったらかして積ん読、つまんないやつは水でびしょびしょに濡らして資源に生まれ変わることもできないようにしてからちぎってベランダに置いてから捨てている

わたしに買われた本って愛されても憎まれてもすごい無残な状態になってかわいそうだ

フェティッシュな本好きがものすごく気持ち悪くて不快だったからわざと汚くしてメモにしたり書き込んだり、カバー捨てたり、お前は人の所有物になるために生まれてきたわけじゃないんだ、読めればよいんだ、読んだら捨てられてそれでいいんだ、という姿勢で、本には厳しく接するのがマイルールであった、それだってかえって本に脅かされすぎだろ、という感じでフェティッシュではある、まあそれはともかく

しかし、本が綺麗なお洋服を着て待っててくれているということは、嬉しいのかも、物を大切にしたい、と最近やっと少し思えた

四千円だった新品の中井久夫の本の装丁が好きすぎて布団に入れて一緒に寝ている

うちにあるやつで1番高いお守りみたいな徴候記憶外傷

つまんない本はこれからもがんがん捨てるけどねー

感情しか信じてません

論理は結局のところ感情に奉仕するためだけにしか存在しない

この世でできることは宗教への勧誘のみ

私達は魅力的な誘惑装置になるしかない

言葉を信じるということは言葉の正しさを信じるということではない

別の言葉に言い換えられないくらい丸呑みして信じてしまうこと、それが言葉を信じるということ

なぜ差別をしちゃいけないんですか、なぜ人を殺しちゃいけないんですか、とか言って

差別したり人殺したりするやつって絶対に今までもこれからもいると思うんだけど正直

論破しても虚しい、わたしが内心フェミニズムとか不登校問題とか労働問題とか別に正直全部どうでも良いと思いながら話したり色々やったりしているのと同じく

(やりたいんじゃなくてやらざるを得ない状況に置かれているから仕方なくやっているけれど 本当はもっとぬいぐるみのことだけ考えて生きていきたい)

そいつはその問いが発したいわけじゃなくて、寂しい!かまえ!殺してやる!死にたい!殺してくれ!みたいなことを泣き喚きながら言ってるようにしか見えない

絶対の正しさなんかない、フィクションに基づいた正しさはある

ずっとそれを言うわけ、殺すな殺すなと、まあそれがずっと昔からのわたしの趣味なんですわよ

幻とのつきあい方

その後ってどうやって生きてくんだろう、ということが全然わからない、モデルがない

共有されることが少なすぎる

いじめ被害者の自助グループで二時被害に遭うことが度重なった

複雑性PTSD

果たしてまともな支援は存在するのか

謝罪されることもなければ

忘れろ、許せと永久に言われ続ける

衝動性強すぎる

学校にまつわる権威が好きな人はつまるところ人のことを記号的に把握するのが好きなんだろう

私は身を守るために勉強していた

肯定的な意味なんか全く見出せない

もっと別の言葉を身につけたかったから大学に入ったら、思ってたのと違った

勉強、私ほど向いてない人も私ほどやるべき人もなかなかいない

全部勉強でカバー

勉強できたから殺されなくて済んだ

しかし勉強は向いてないし嫌い

できればやりたくないしやってると気持ち悪くなる

学歴という鎧の中は

ゴミと病理が詰め放題に詰め込まれたゾンビ

強者だからつらくないわけではないが、つらいからといってある側面では紛れもなく強者である

どういうつもりでやっているか、と関係なしに記号として機能する

自他をある重力の圏内に縛り付けて蹂躙する

強力な力を破壊したい、それを言葉でやる、しかも大学でやる、という激しい矛盾

わたしは力を持ってしまった、学歴もそうだけど、学歴は卒業しなければ捨てられる、そうではなく、言葉を持ってしまった、それは取り返しがつかないことだ

捨てたりはできない特権で、しかもそれを使って、特権について考えるという、激しい矛盾

なるべく感情を取られないで仕事をしたい

‪そういえば、感情労働したくないから無心に働きたいと言ったら、ロボットになってしまってそれでいいのか、企業の倫理などについて考えないのか、思考停止で良いのか、それで人間と言えるのか、などとすごい怒られたことがあった‬

そういうこと言ってるんじゃないって何回説明してもその人にわかってもらえなかったんで、めんどくさいから会わなくなっていったんだけれども、

自他の感情を守るために感情をなるべくむき出しにしないではたらく、というような考え方ってもっと広まって良いと思う

なんで、本当の心を開け、みたいなのが好きな人はどこの仕事場にもいるんだろう

そういうのは利害の絡まない人に対して、自分がやりたい時にだけやるんじゃないと、気が合わなかった時ひたすら苦しいし、信用される前から人に本心を求める行為って、モラハラパワハラの入り口に思うんですが…

よそよそしいこととか、礼儀正しさの演技とか、こえをつくることだとか、すごく意識して殻を作っているということをやたらと見破ってくる人が苦手だ

真面目に働いてるつもりが、楽しくなさそう、と言われる、過去のほとんどの仕事場で言われた、笑ってるから楽しい、とかじゃないじゃないですか、ぬいぐるみと遊んでる時とか散歩とか筋トレしてる時、変な服を着ているときなどはちゃんと人生楽しんでますから、うわぁぁほっといてくれ!と思う

カジュアルなデザインの女物の下着が少ないのは問題だ

黒のスポーツブラとボクサータイプのパンツセットで買ってきたんだけど、Tシャツみたいな生地で、とても汗を吸うし乾くのも早くて、なによりレースやらリボンが無駄についてなくて、質感が服の外にすけたりしないので着ていてとても安心感がある

女性物のカジュアルな服はそれこそいくらでもあるのに、下着になると一気にレース、

お花、ガーリー、ロマンティック、セクシー、みたいな方向の物が主流になるのか全然わからない

生理用ナプキンやタンポンのパッケージでもキラキラ系の装飾はフェミに批判されている、下着なんか毎日使うしさらにキラキラされてたら困るんだ

わたしの女性身体に対する思惑と関係なく、どう考えても偏ってると思うんだけどなぁ

もっとカジュアルで走ったり筋トレしたりしても大丈夫で、後ろのホックとかあんまついてない、Tシャツの肩とかから見えても普通の服に見えるような、あと洗濯機でガンガン洗えるような下着をガンガン作って

そういえば、洗濯物溜めすぎてパンツなくなってノーパンでキャンドゥに買いに行ったことは4年間の一人暮らしで三回ありました

繊細な下着の手洗いはめんどいんだニョロよ

哲学、倫理、ウェルネス、の3教科の講義で出生前診断について考えろ、障害がある子供が生まれた時に堕胎してもよいか。自分ならどうするか、考えろ、と言われてすごく嫌だった。私が嫌かどうかに関係なく、悪い。 自分や近しい人が当事者になる前に考えておくべきであると言った教員がいたが、本当にそうなんだろうか、そんなモラル振りかざすなよ、自分が考えるべきだと思った時に考えればよくないか。 人間性を肯定するために学問があるとか、全然信じてない、言葉や論理は人間の感情と関係ないオートマティックな運動をする。

生きてたくないなぁ。

なんかもはやすでに色々自分は狂ってるのかなぁと思うくらいいつも怒っていて悲しくてわけがわからない。

ニーチェ、とか、なんで人を殺してはいけないの、とか、私は殺したくないから殺せないし、間違っててもよい、としか言えないな

だって、お前も殺されるじゃん、で説得できない人の説得できなさは、わたしもわかってたよ、善くなりたいとおもわない人のことも知ってるし、善くなりたいとおもわないといけない、と思わないといけないのはなぜか、とか、理由ないし、フィクションでしかないと思う。わたしはそれを内面化しているからその外に行った人に届く言葉は持ち得ない、今のところ無力だ。

永井均の本に、なぜ殺人をしてはいけないか、はきょくたんだとして、なぜいじめをしてはいけないか、という問いならどうだ、そのことで罰を受けても構わないし、いじめをすると気持ちよくなる、という、人間をどう考えたら良いかという問いがあって、いじめは極端じゃないんだな、と思ったら、つらくなった 何の問題にも巻き込まれた当事者がいて、その人の目に触れることを考えたら、そのことを想定してもなお書くべきだと思う?今考えている最中だが、川上未映子のヘヴンという小説はいじめが題材として使われてはいるが、いじめ小説として読まれることは考えていた、と作者が言ってた、わたしはいじめを材料にした哲学小説だと思ったけど、いじめ小説としても読んだ 書くことは書かないことより世界に毒や苦痛を増やすんじゃないか、たくさんの人の救いになったとしても、同じこと

信仰の現場

昔はとても面白いものを書いた人が自分より若い作家だったりすると落ち込んだりしていたんだけど、最近、まあ自認は邪鬼Aというか、パブリックエネミーの末端のショッカーでかまわん!左翼のモブ、わたしは雑草だ!

つまり、名前はいらん!みたいな開き直りが出てきて、自意識過剰よりは大変よいことだ、と思う。

全体主義みたいで嫌か?とも思うんだけど、

私が言ったことは誰かが以前に言ったこと、

私が言わなくても誰か、または誰かたちがいうことだった、私は流れ込んできたものを再生するだけだ、私はクリエイトしない、コラージュする。というのはまあ、私がなにがなんでもやらないと、れきしになをのこすのだ、とかおもってるよりましよね。

某クソエ◯ンさんのツイートを読んでいると、なんで簡潔で美しいんや、機能的だし自意識過剰じゃないぜ、もうわたしのようなぽんこつはしゃべんなくてよい、一生黙るよ、みたいな気分になるます。

別に卑屈なんじゃなくて、うまくやれる人がやればよいと思うわけです。金が絡まないからブログやツイッターという媒体を使う、別に名誉欲とか自己表現欲はない、ツイケシもする、みたいな方と見た、ので無理強いはしないんだが、某廃◯氏の言葉を必要としている人が必ずしも日本語使いでなくてネットやってるとは限らないと思うと、心底もったいねえな、と思う

小説書いて賞とって海外で出版してもらってくれよ、

書けないけど読める人というのがいて、わたしは1日5時間から10時間くらいなんか読んでるから、おもろ!と思ったらぜったいみのがさないんだよ

わたしの目に狂いはないんだよ、どんなマイナー文芸誌の端っこに出てた人でも、わたしが目をつけておいた作家はのちのちすごいゆうめいになったりするんやで、まあそのあとレイシストになったやつとかたまにいるから狂いはあるんだけどな、

はい◯きさんも本かけばよいのだ、ガンガン思想をバラまいてハ◯エキ思想を蔓延させればよいのだ、

ツイレディとかにHP削られている場合ではねぇ

入試の時英国の点数やたらによかったけど立身出世と威張ること以外のなんの役にも立たないと思って語学とかぶんぽうのべんきょういやになってたんだが、得るときの過程がどんなに間違ってようが、語学やれる力がわたしにたまたま持たされたなら、外国語記事翻訳できるくらいまで能力伸ばせないかって話をしてた、語学教本と、米原万里が訳した、ロンブカトーというひとの語学の学び方の本を読んだ

日曜は英会話に誘われたから行くことにした

ところで、語学やってるときの、フラッシュバックがひどい、胸がじりじりしてがっこうのいやなきおくものすごくおもいだす、ならやるな、ってかんじなんだけど、日常生活の、そんなことが?ってことが嫌な記憶の果てしない甦りとセットであることが多くて、精神健康損なわないように暮らしたらなにもできなくなってしまう、ケアしながら生活を頑張れるほど健康じゃない、すり減らないとなにもえられないのがつらい

まあむかしのほうがつらかったからどうにかするよ

学ぼう、能力を高くしよう、と思うと、殺すな、それ以上人のこと蹴落とすな、というストップがかかり ダブルバインドで動けなくなる 権力をけなすためにどうにかあがくかていで生き延びてしまっていらないと思っても勝手に権力を得ながら殺したいきものとか蹴落とした人を見ながらそれでもなにかできるはずだと思ってやってくって、生きてくって酷いことだなぁといまさらながらおもうよ

入試の時英国の点数やたらによかったけど立身出世と威張ること以外のなんの役にも立たないと思って語学とかぶんぽうのべんきょういやになってたんだが、得るときの過程がどんなに間違ってようが、語学やれる力がわたしにたまたま持たされたなら、外国語記事翻訳できるくらいまで能力伸ばせないかって話をしてた、語学教本と、米原万里が訳した、ロンブカトーというひとの語学の学び方の本を読んだ

日曜は英会話に誘われたから行くことにした

ところで、語学やってるときの、フラッシュバックがひどい、胸がじりじりしてがっこうのいやなきおくものすごくおもいだす、ならやるな、ってかんじなんだけど、日常生活の、そんなことが?ってことが嫌な記憶の果てしない甦りとセットであることが多くて、精神健康損なわないように暮らしたらなにもできなくなってしまう、ケアしながら生活を頑張れるほど健康じゃない、すり減らないとなにもえられないのがつらい

まあむかしのほうがつらかったからどうにかするよ