やばみちゃんのやばみ

決して腐りませんよ

どうも身体と心の連結がゆるい、ゆるいようで癒着していて、決して分けられないってどういうことなんだろう

心だけ取り出せないし、体だけしかないわけじゃない気もするが、体だけしかないのかもしれないとも思う

心と体は同じもの、一語にまとめてしまえ、とか言って実験してみると、何も話せなくなるからみんなやってみそ、わたしは無理でした

言語の仕組みと感覚にも当然ながらずれがあるから、

いつも感じているおなじみの感覚すら全然記述なんかできないよ、できたって伝わらない、おそらく、わかる!と思っても幻想でしかない

他人はほんとにわかってるのかもしれないが、それをたしかめることはできない

体はみんなが持ってるから、わかる、という幻想もあるのか、だからこそ、視覚イメージで正確に語って人の頭に再現したりできないんだ

スライムでできたケースの中にスライムでできた丸が入っている、そんな、身体感覚の図を思い浮かべたら、自分でもよくわかんねえ、と頭を抱えた

ケースと丸は完全にはくっつかないけど

いつも溶け合って、交流しながら成分の一部を交換し合ってるんです、とか言っても、わかる?わからん?わかるとかわからんとかわかる?わたしはわからん

わたしが女性身体続けてるのなんか金策と惰性じゃないか、性器なんてあってもなくても良いけど外すのがめんどくさい

女性身体だってことにあんまりアイデンティファイしてない、引き受けないといけない加害者性はたくさんあると思うけど、ほんとにシスジェンダーなのか、とか考えると、よくわからない

マイナーとメジャーならマイナーでいたいからとりあえず女性として暮らすのを選んでる、という気もする

ももっと細分化したらよりマイナーな人はいっぱいいるな

女の子だ、という感じがしないね、と昔からしょっちゅう言われて、男装なんかしたことがないし髪はずっと長かったのに、歩いてたら、知らない人に、まじまじと見つめられて、最初男の子かと思ったと言われたことがあった、

それも複数回、それもスカートはいてるとき、背も小さいのに、男性と思われそうな特徴はなに1つないのに

ネットでジェンダーの話をする前は、男だと思ってた、とすぐ言われてた、ボーイッシュと言われることがあって、それも違うだろ。とつっこみをいれている、自分を男性だと思ったことは一回もないし、男集団に紛れて過ごすこともあったけど結局は浮いていたし、服装はガーリッシュだしスカートだし

俺とかあたしとかわたしとか、一人称には変遷があった、何でも良いです、でも一番突っ込まれないのがわたしだからわたしって言ってます、苗字でも名前でも、カタカナのニュアンスで呼び捨てられるのが一番しっくりくる

性器なんかできれば洗って外して置いといて、使う時だけ装着したい、生理とか本当に迷惑でしかない、赤い水なんか出すなよ服が汚れるでしょう、程度のことしか考えてない

これを人に話すと、1パーツ取ったらもう別の人間なんだよ、そんなにフィギュアみたいなわけないじゃん、と言われて、まあそうなんだけど、心だってそうなんだから、やっぱパーツなんじゃないのか、という気にもなる

生理に愛着がないし憎悪もない、身体違和がある人と話すと、すごく噛み合わないのは、

身体を適当に外圧に加工されて良いゴムかなんかだと思ってる時も多いから、あまりこだわれないということが、シスジェンダーだということよりも、話してて、すごく共感できない要因として、強い気がする

他人がそう感じるなら尊重する

それだけだ

身体由来のわからなさを、

なにも共有できないんだからそんなに怒んないでよ、わかんないものはわかんない、わたしの身体感覚のことだってないがしろにしてきたくせに、あなただってなにもわたしのことなんか知らない、わたしがあなたのことをわからないからといって攻撃性剥き出しにして故意に傷付けて良いのか?

みたいなことをいろんな人に言ったり言われたりした、最近

個体差なんかなければ良いのに、体なんてなければよかった

体があるから話せるし触れるが、永久に隔てられているのも体があるからだ、しょせん

独房暮らし