やばみちゃんのやばみ

決して腐りませんよ

フェミ名乗る問題について

名付け、名乗りの問題はあまりに難しいから、ちょっとしたらまた変わるかもだし、ブログにいろいろ書き散らしながらゆっくり

考えるのだけれど、わたしはとりあえず当面はフェミ自称を、やめるか、やめないにしても、屈託ありまくりの人として、グズグズ言いながら名乗ると思う。

私がフェミの自覚を持ったのは19のとき恋人がわたしの先輩の女の子に浮気をして部屋に押し入って押し倒したのをきいて、そいつを殺すほど罵倒して即座に別れた後弁護士呼んで相談員読んでセクハラされまくりながらコミュニティから除籍にしたら、守ってあげたかった当の女の子が、解決してくれとは言ったけどこんなにおおごとにされるとは思わなかった、迷惑だった、と言ってきた時だった、女の子に見方になってもらえないのは恋人が浮気と虚言のレイプ野郎だと知ることの数百倍くらいしぬほどつらかったが、ヤケクソの心境で、守ってあげるとか言ってごめん、わたしが勝手にやったことだからあなたは悪くないよ、とか言っておいた。 泣きながら小松原さんのブログ読んでました その後に年間学校行けなくなってうつ病で買春して家出して一人暮らしして活動家の真似事してすごしてきたんすよ、もうヤケクソですわ、みんな幸せになれよ!誰のことも恨んじゃいませんから!やばみちゃんは負けようが殺されようがやばみちゃんだし男でも女でもフェミじゃなくてまず最初にやばみちゃんだし やばみちゃんの中の人はやばみちゃんだしやばみちゃんの中の人にはやばみちゃんが入っている、というミルフィーユ構造がわたしなのだ、どうだ意味わかんねえだろ、わたしもよくはわかんねえ、しらねえ

今でもリスペクトを捧げてやまない小松原織香さんのブログを読んだ時だけど、

小松原さんや栗田隆子さんのズレフェミという自認は、パクったらあれだから名乗りはしないけど、私も心の中で、わたしもズレフェミ…しかもブレフェミでエグフェミでキモフェミ、みたいな感じで心の中で使わせてもらっている

自称をすることでカテゴリに取り込まれると感じたし、それと、わたしがなにであるか、は見て判断して貰えばよく、フェミ、と名乗る事でわかるものって、ないんじゃないか、むしろ、反差別の看板を掲げることで、アライセンスと同じように看板を何らかの免罪符として使ってしまってないか、などなど、と、考えた。

女性が人権を尊重されないことに本気で怒ってはいるんだけど、

わたしの怒りは人権とか社会契約とか関係なく、それらのことは単なる道具だと思っているから、わたしの怒りは感情とか宗教の側の問題なんだとも思った。

それに、バッドフェミニストはやったけれど、人間がある思想からはみ出すのなんか当たり前で、正しくなくてもフェミでいていーよ、と誰かに言われないとみんな不安なの?と思ったら、ちょっと自分がないんじゃないかな、と思った。フェミは四角四面、とか頭固い、ミソジニストの男が言ってたら叩き折るけど、正直本当にそういう面はあると思うよ。

ちなみに、戦略としてフェミを名乗るべき時はあると思う。

フェミですね、と勝手に言われたら、フェミは他称じゃなくて自称なんだ、とムカつくけれど、いや、毎回そんなむかついたりしないし、フェミっぽい実践を名乗る名乗らないに関係なく行っている人に言われたらとてもうれしいのだけど、大抵はフェミはdis用語として浴びせかけられるではないですか。しばきたいなどに腐れ左翼とかキチフェミとか言われた時は、名誉でした。

わたしは思想や物の考え方に、松浦理英子ナンシー関中原昌也にすごい影響受けてる、それから、スーパースターは菜摘ひかる保坂和志。それ言うとわりとフェミの人怒るよな、と思ったので、フェミの仲間には入れてもらわんで良いかと思ったりもした。

鬱サブカルのあばれんぼう、ときどきズレフェミやりまーす、とかでかまわんよ。