やばみちゃんのやばみ

決して腐りませんよ

漂流するということがアイデンティティなのかも

中野、東中野、新大久保、歌舞伎町、西新宿、西早稲田などをグルグル散歩していたら物凄く懐かしい気持ちになった

私には被差別体験と貧困があって、

でも記号的にはマジョリティでしかないので私にはコミュニティが無かった、そのことがずっと苦痛だったんだと思い知った

漂流を続けたくなくなった

移動と漂流、コミュニティを持たないコミュニティの中に包摂されたら観察者の立場を貫く、批判する、ということで守られてきたと思うけど

そのことで損なわれたものもとても多いんだと思う

人に対する信頼感がとにかく無い

基本的信頼感を奪われたあとそれを回復する機会も気力もなかった

米原万里とか中井久夫とかセリーヌとかサイードとか梨木香歩とか桐野夏生とかイーユンリーとか多和田葉子とか星野智幸、好きになる作家がみんな家族制度や国を信じてない

漂流という感じ

転校生という感じ

諸星大二郎岩明均もそうかも

昔から、仲良くなった人とはコミュニティの悪口と違和感の表明で連帯してきた

たいていは向こうのほうが先にまともになっていく

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